そのために、最低限必要な事業収益を守りながら、何よりも中に住む人たちの健康に配慮したものでなくてはならない。
建物で健康を害することがあっては絶対にならない。・・・
「無知だった。」
ようやく、Aさんの口から、それを認めた言葉が出始めました。
「さくらシステムと聞いただけで、いつものように、オーナーさんが喜ばれるローコストマンションを設計するということしか、正直言って頭にありませんでした。」
「この建築の施主は、かねくらさんだから、会長であるお父様や、社長であるご主人とは、お会いしていましたから、それでいいと思っていました。」
「環境に配慮した建築ということでは、太陽熱利用のことなどは知っていましたが、まさか建物に使う建築資材から、体に有害なものが出るとは・・・知りませんでした。」
「うちの所員を信じていました。今日お聞きしたようなことまでは、報告を受けていませんでした。」
深くうなだれたAさん。そしてそのA さんの目には、うっすらと涙が光っていました。
明らかに悔し涙だったと思います。
ここ数年、熊本内外で、飛躍的に仕事を伸ばしてこられた方です。
年下の、しかも私のような建築の素人である女性からここまで言われ、そしてここまで言わされた悔しさは、何物にも代えがたいものだったろうと思います。
「申し訳ありませんでした。先ほど、奥さんのことをわかってくださる建築家がおられると言われましたね。」
「はい。」
「わかりました。これ以上は何を言っても言い訳に過ぎません。潔く、この建築からは、はずさせてください。辞退させてください。・・・」
「ですが私もプロですから、これから奥さんが言われたようなことを含めて、もう一度勉強し、やりなおします!」
「そうですか。わかりました。・・・残念ですけど・・・」
「素人の私が、失礼ながら、こんなことまで話してしまって、私も申し訳なく思っています。ですが、待っても待っても、先生とお会いできなかった。本当に私は待っていました。数年前、一緒に“老人保健施設”の設計の打ち合わせを、夜遅くまでさせていただいきました。・・・あの頃の先生が、私は大好きでした。あの頃の先生から比べると、今の先生は偉く大きくなり過ぎてしまわれて、私の声は届かなかったのではないでしょうか。本当に残念です。」
私の中で、こんな結果を歓迎すべきか、どう受け取めていいのか、正直に言ってわかりませんでした。
「ただ、こういう結果を招いたのは、向こうに責任があることだから・・・仕方がないじゃないか・・・」
当時の私には、そういう解釈しかできませんでした。
本当に潔く結論を出されたAさんは、応接のソファーからすっと立ち上がり、
「それでは、奥さんも体に気をつけられて。どうぞ、お父様やご主人にも宜しくお伝え下さい。」
そう言われて、旧社屋を後にされました。
そのAさんの表情は、もう穏やかでした。
そして、あの「老人保健施設」を一緒に作った、あの頃の一生懸命な目が、ようやく戻ってこられたのを感じました。
残された私は、ただ、自分の中に鬱積していたものをすべて吐き出した虚無感と、何かが「終わった」という収束感だけを感じていました。
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